「フェアトレードなんてクソです」と叱られた話 もう一度 2

2017年3月20日 - もっと詳しく!フェアトレード / 商品のこと

その1はこちら
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<むつみ>

昨日のつづきです。

助産師の富田さんが連れて行ってくれた、フィリピンのスラムでの出会い。

寝たきりになっている女性でした。

 

貧しい家に生まれて、売られて、売春をさせられていて

男の人に助け出してもらったけど、その人が暴力をふるう人で

それでも一人では生きられないから一緒にいて

病気になって、たまたま病院で無料の手術を受けることが出来たけど
(なぜ無料だったのか、詳しい事情は忘れましたが)

安かろう悪かろうの手術で、

腸に大きな穴があいて、お腹の皮膚にも穴があいてて

なのでお腹から直接、腸のなかが見えるような状態でした。

 

親戚の家に、オムツをあてられて寝かされていましたが

紙オムツも、替えが買えないので、きたなくて・・・・・

 

もう、このまま朽ちて死んでいくのを見てるしかない、

自分の子どもだったとしても、体にハエがたかるようになっても

もうどうしようもないというか、どうしようかと考える気力も家族にはない、

それが最貧困層の現状。

 

そういう状態の人にまず手を付けるべきなのに、

健康で働ける人だけを相手にするフェアトレードって、ずいぶん余裕のある人たちのお遊びだよね。

 

そんな問いかけを最初にくらって、わあ~~~ となったのが、初日。

 

で、数日富田さんのところでお世話になった後、

一人でコーヒーの産地を見に行くことになりました。

 

出かけた先は、バギオ。


崖の崖っぷりが、すごいでしょう?

ここに道を通すのがすごく難工事で、たくさん人が死んだんだよと聞きました。

でもやりとおしてくれたのが日本の技術者たちだったと。

 

フィリピンの人たちはほんとに親日的です。

いつも大事にしてくれる。

(バギオにも、太平洋戦争の時に犠牲になった人の記念碑があって、

日本兵の何倍もの数のフィリピン人がなくなっているはずで、

フィリピン人が日本に抵抗するためにゲリラ戦をするからと言って

山を広範囲に焼かれたり(森に隠れないようにと)

その傷がいまでも残っているのだけれど。

「許そう、だけど忘れない」がモットーなんだ、ということは

つい最近、知りました。)

 

そんな土地で、コーヒーの木を植える活動をしてきたのが

反町真理子さん。

(赤い服の女性)

 

 

バギオのある地域は、フィリピンの中でもしっとりと涼しくて

こんな田んぼがなりたつくらいの豊かな自然があるところ。

(千枚田どころじゃないですよね!!!!)

 

 

この地域で、水が枯れる事態がおきていて

街中にも給水車が来ています。

 

水がないってほんとにおそろしい。

田んぼが出来なければ、住み慣れた地域を捨てて、都会に流れていくしかなくなり

そこで仕事が見つからなければ乞食をしたり、盗みをしたり、売春したり・・・

 

「水がなくなるのは、木を切ってしまってるから」と反町さん。

水源の山で、たくさん木を切って畑に転換しているので

水が枯れる。

「あ~あ・・・・ここも切っちゃってるよ・・・

水が出なくなるよって言ってるのにさあ!

なんで切るのかなあ!

目先の現金収入にって、すぐ畑にしちゃうんだよね。

ほんと知らないよもう~~ こんな切っちゃってさあ!!」

 

とブツブツいいながら森をまわる反町さん。

いままでに10万本の木を、植えてきたそうです。

 

「ただ木を植えろといっても無理だから、

ちゃんとお金になる産業に育てよう!って話して、コーヒーをすすめてる。

コーヒーの木と、コーヒーのために日陰をつくるシェードツリーと、

2本植えられるから。
こうなっちゃったところに、

苗を植える。

 

さて、その日の暮らしをささえる現金収入もない人たちと

どんなふうにコーヒーを植えるのか?

苗代は?技術は?

実が取れるまでの生活は???

 

そこには、何層にもかさなった、日本とフィリピンとのつながりがありました。

(つづく)

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