「内戦を止めた男」ドログバのコートジボワールはカカオの産地です

2014年6月19日 - 未分類

<むつみ>

ワールドカップで日本が対戦した相手、コートジボワールのドログバ選手。
「内戦をとめた男」として国民的英雄だと、何度か報道がありました。

コートジボワールの内戦・・・・どんな経緯だったか・・・・
どこに出てたっけ・・・・・ああ、そうだ、あの本だ、と思い出して、
開いてみました「チョコレートの真実」

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(本より・・・)
1980年代後半にカカオとコーヒーの価格が暴落したとき、ウーフェ(コートジボワールの初代大統領)はコートジボワールのカカオの値段をあげようと躍起になった。
(中略)
この2、30年で、一次産品の世界は激変し、市場の力は小国の政府をゆうに上回る。市場価格は、カカオ豆など一生でただの一度も見たことのないブローカーや一部の有力企業によって決定される。ウーフェは国際市場のカカオ取引を操作しようと全力を尽くしたが、投資家と巨大企業が支配する市場には勝てない。

ついに1987年、アフリカの奇跡の創出者(ウーフェ)は、わずかに残る自国の富を救おうと、捨て身のかけに打って出た。(中略)

フランスでベストセラーになった「カカオ戦争ーー禁輸措置の真相」が示す通り、ウーフェは事実上のカカオ戦争を仕掛けたのだった。コートジボワールの「親父」対、巨大チョコレート企業と銀行。

(中略・・・ウーフェは巨大チョコレート企業との争いに負けて、カカオ産業の支配権は多国籍企業の手に渡る)

20世紀が終わる頃には、コートジボワールは世界最大の債務国のひとつになっていた。
数十億ドル産業に原料の半分を提供し、チョコレート中毒となった世界を満足させるのに貢献しているにもかかわらず。

カカオ生産者は貧困の深みにはまり込み、少しでも生産コストを下げる方法を探している。
彼らが目を向けたのは、そもそものはじめからカカオ栽培について回っている昔ながらの害悪、奴隷制だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここから先は、その奴隷になった、カカオ農場の子ども達のことが詳しく出てます。

20世紀の話とはとても思えん。


息子のサッカー練習の当番をしながら読んでいて、どっぷり、落ち込みました。

おんなじ年頃の男の子の運命が、どうして・・・

このあとは、「汚れたチョコレート」「チョコレートの兵隊」「知りすぎた男」と、続きます。ドログバは出てきませんが・・・・

苦しみぬいたコートジボワールの市民にとって、サッカーが、憂さ晴らしじゃなくてホントの変化のきっかけにもしもなっているんなら、いいんだけど。

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